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    2011

01.20

太陽が沈む時、切なく甘い雫が月から堕ちる(007)

「引き払ってない。この部屋へ来る途中にあっただろ? オレの部屋の表札が!」
 颯太も負けずに言い返す。
 しかし、
「いちいち他人の部屋の表札なんかチェックするかよ」
 一蹴されてしまい、更に返す言葉が見つからない。
「邪魔だ。どけ」
 そう言って焔は、腕を払うようにして颯太を乱暴に押しのけると、ズカズカとダイニングキッチンへ入って行った。
 颯太は小さく溜息をつく。
 腹が立つとか……そういう次元を超越している焔の振る舞いには、毎回、手を焼くのだ。
 見た目が似ていなければ、閃と焔が兄弟だなんて、到底信じられないことだろう。
「なんだこれ!?」
 焔は、ダイニングテーブルに並べられた食材を、酷く迷惑そうに隅の方へ押しやる。
「やめろよ。すき焼きの材料が床に落ちるだろ!?」
「晩飯はすき焼きにするのか。……へぇ、いい肉じゃないか。割り下は俺に作らせろ」
 焔は嬉しそうに牛肉のパックを眺めた後、勝手なことを言い始めた。
「いい。割り下はオレが作るんだ」
「おまえが?」
 焔はわざと素っ頓狂な声を出す。
「そう、オレがだよ!」
「ふん、おまえに諏訪部家の味が出せるのか?」
「え? 諏訪部家の味?」
「まぁ、おまえがどうしてもって言うなら、俺が伝授してやってもいいぜ」
 上からの物言いが勘に障るが、ここは我慢した方が得だろうか?
 颯太は少しの時間、悩んだ。
 こんな不遜な態度の男に教わらなくても、閃に教わるという選択肢もあるのではないか。
だが、閃は手際よくなんでも自分1人でやってしまうタイプである。
颯太にものを教えるのは向いてない。長い付き合いで、試してみるまでもなく、そのくらいは解る。
「なぁ、焔。煌(こう)さんも、その諏訪部家の味のすき焼きが好きか?」
 煌とは、閃や焔の年の離れた兄、諏訪部家の長男のことである。
 確かめるように焔にそう訊ねると、焔はニヤッと微笑った。
「当然だろう」

◆2011年1月24日更新分へ続く


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