FC2ブログ

    2011

01.10

太陽が沈む時、切なく甘い雫が月から堕ちる(001)

Chapter.1


「真壁くん、私達、別れましょう」
「ああ、そうだね。別れよう。……俺達、お互いに別の人を好きになってしまったんだから」
「そうね、私達、お互いに本当に好きな人を見つけたのよね」
「今日から俺達は、共に同じ会社で働く同僚として上手くやっていこう」
「ええ、そのつもりよ」
「じゃあ、俺は外へ昼食を食べに行くから、ここで。……君はお弁当だろう」
「うん、そうなの。じゃあ、またね」
 会社のビルの裏庭で、昼休みの短い時間を使い手短に別れ話を済ませた2人は、1人は足早に事務所内に戻り1人はビジネス街の雑踏に消えて行った。
 別々の道をゆくと決めた2人の未来を象徴するようなその行動の一部始終を、明里颯太(あかり・そうた)は偶然目撃してしまった。
 裏庭の植え込みの奥にある畳二畳分ほどの芝生は、天気の良い日の昼下がり、ゴロ寝をするのにちょうどいい場所で、颯太の昼休みの隠れ家的な憩いの場スポットなのだ。
 よもやそんなところに颯太がいるとも知らず、2人はマイペースに用件を済ませたのだ。
 2人は颯太の職場の同僚で、結婚秒読みとまで噂された熱々カップルだった。
 半同棲のような生活もしていると、聞いたこともある。
(………それなのに、あんなにアッサリ別れるなんて信じられない)
 人を好きになるということは、もっと重く大切なものであって、簡単に手放せるものではないはずだ。
 昼休みが終って2人と顔を合わせた時、もういつもどおりに接する自信がなかった。間違いなく軽蔑の眼差しで見てしまうのを、どうやって誤魔化せばいいのか解らない。
 こみ上げる感情を押し殺そうと、颯太は拳を固く握った。
 その瞬間、植え込みがガサガサッと音を立てて大きく揺れ、鼻梁が高く端整な顔立ちの長身の男が奥まで入ってきて、颯太の横に腰を降ろした。
「ああ、閃か………」
 颯太は目を伏せて、溜息をつくように元気なく言った。
 諏訪部 閃(すわべ・せん)は、颯太の高校時代からの同級生で親友である。
 彼は同僚ではないが、颯太が勤める会社の隣のビルに職場があり、颯太が昼休みによくここにいることを知ってからは、ちょくちょく遊びにくるのだ。
 昼休みの時間帯とはいえ別の会社の敷地内、それも裏庭まで平気で入ってくる閃に対し、颯太はそういう常識のない行動は慎むようにと、毎回毎回、飽きずに注意するのだが、どうしたことか今日は何も言わない。
「どうした?」
 いつものように騒ぎ立てない颯太に違和感を覚えた閃が訊ねる。
「どうしたって、何がだよ!?」
 閃が悪いわけではないのに、思わず口調が荒くなってしまった。
「ごめん………」
 素直に謝ると、閃は優しく微笑んだ。
「おまえと俺の仲だろう。何があったのなら話してみろ」
 颯太は小さく頷き、さきほど起きた2人の同僚の別れの様子を話した。……自分がとても不愉快になったことも。
 普通に考えたら恥ずかしくて話せないような内容でも、閃にだけはついつい話してしまうのはなぜだろうと思いながら。
「………だから、オレ、あいつらのことが許せないッ」
「別にいいじゃないか。しょせん他人事だろう」
「そ、それはそうだけど、毎日顔を合わせる連中だしッ」
「颯太はピュアだな。昔から少しも変わらない」
「なんだよ、バカにすんなよ」
「バカになんかしてないさ。俺が颯太をバカするわけがないだろう」
 さっきまで淡々とした口調で颯太の言い分を受け流していた閃が、いつもより強い語気に変わった。
ハッとして颯太は彼を見上げる。
すると閃は真剣な眼差しで颯太を見つめていた。
 しかし、彼の男らしい鋭角な頬は少しだけ緩んでいて、口元が微笑っているように見える。
 颯太はムッとして視線を逸らした。
「余裕の表情しちゃってさ。……どうせ閃は、オレが二十五歳にもなって、いつまでも子供みたいなことを言っているから、面白くてしかたないんだろう?」
 ふて腐れたようにそう言い放つと、閃は突然、颯太の腕を掴んで強く引いた。
 そして、無理やり颯太ともう一度目を合わせると、
「俺に余裕があるなんて、誰が決めた!? それに俺はおまえが子供っぽいなんて思ったことはない」
 閃は滅多に怒らないが、怒ると非常に怖い。
 颯太と閃とでは体格差があるから……だけでなく。
 あたりまえのように、ずっと昔から側にいてくれた閃が、本当に颯太に腹を立てて、目の前からいなくなってしまったらどうしようと、とても不安になるからである。
 そう思うなら、もっと閃に対する態度や言動を改めればいいのだが、無意識に閃には反抗的になってしまう。
 同い年であるにも関わらず、閃の方がずっと大人でなんでもできる為、颯太のコンプレックスが刺激されるのかもしれない。
 閃に強く掴まれたままの腕が痛む。
 痛みを我慢する颯太の身体が小刻みに震え始めたことに気づき、閃は慌てて手を離した。
そして、心配そうに颯太の顔を覗き込む。
「すまない、大丈夫か?」
「平気だ。……これくらい」
「颯太、何度も言うが、俺は―――」
 強がる颯太に閃がそう言いかけた時、不意に携帯の着信音が鳴った。
 閃は携帯を取り出し液晶画面を見て、小さく舌打ちする。
「悪いが職場に戻る。後で電話する」
「え? いいよ、電話なんて」
「いや、する。必ず電話に出るんだ、解ったな」

◆◇◆

 午後7時が過ぎ、颯太は仕事を終えてエントランスへ向かって会社の廊下を歩いていた。
 念を押されてしまった為、今日の午後はずっと閃からの着信を気にし続けてしまった。
 だが、閃の方も仕事の手が離せないのか、とうとう彼からの電話はなかった。
 ところが、ポケットの中に手を突っ込んで、携帯を握り締めながら、
「なんだよ、まったく! 結局、かけてこないじゃないか」
と、毒づいた瞬間、着信音が鳴って、颯太を飛び上がらせるほど驚かせる。
「……はい」
 電話に出ると、閃の低い声が颯太の耳に届いた。
『颯太、今夜はおまえの好物のすき焼きにしよう。まっすぐ俺の部屋へ帰ってこいよ』
―――【すき焼き】という言葉も颯太を少しだけ魅了したが、昼間の険悪なムードを引きずっていない、閃の普段どおりの優しく落ち着いた声色に、張り詰めていた心がほぐれ、いっきに気分が和らいだ。
 しかし、【まっすぐ俺の部屋へ帰ってこい】という言葉だけは、どうも引っかかる。
「いいよ、いったん、自分の部屋へ帰る」
『どうしてだ?』
「どうしてって、荷物くらい自分の部屋に置きたいしさ」
『荷物と言っても、通勤カバンくらいだろう。俺の部屋に置けばいい』
「いや、あと、スーツのままでは気が休まらないし、着替えもしたいんだ」
『おまえのルームウエアなら、俺の部屋に何着も用意してあるぞ』
「オ、オレのルームウエアを用意してくれなんて、オレは閃に頼んだ覚えはないぞ。とにかく、オレはいったん自分の部屋へ戻る。その後でおまえの部屋へ行くから。それでいいだろう?」
 恐らく親切心(?)から、颯太の為に用意してくれているらしいルームウエアを全否定し、閃に刃向かう言われもないが、そうかといって、いったん自分の部屋に帰りたいという自分の主張を、何がなんでもねじ伏せようとする閃に従うのも腹立たしいのだ。
 閃に嫌われたり、怒らせたら嫌だと思う反面、やっぱり、どうしても閃と対等でありたいが為に、颯太は意地を張る。
『いちいち面倒だろう。どうせ毎晩、俺の家で食事を取るんだ。いっそ、俺の部屋へ越してこないか』
 一瞬で話を脱線させ、そして飛躍させてしまう閃に対し、颯太は激しくムカついて軽い目眩を覚えた。
「こない! ……っていうか、面倒ってこともない。今のままでいいよ」
『毎朝、朝食を作って颯太の部屋へ届ける、俺は面倒だがな』
 確かに颯太は朝が弱く、よく寝坊しては閃に起こしにきてもらい、迷惑をかけていた。
 痛いところを突かれ、颯太は急いで妥協案を提示する。
「じゃあ、……朝もオレの方から閃の部屋へ食べに行くよ」
「それこそ、面倒なんじゃないのか」
「だ・か・ら、面倒じゃない!! オレ達は、同じマンションの隣同士の部屋に住んでいるんだぞ!!」
 我を忘れて思いっきり叫んでしまってから、颯太は慌てて携帯を切った。
(しまった! ここは社内の廊下だぞッ)
 辺りを見回すまでもなく、女子社員達のクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「お、お疲れ様でしたッ」
 彼女達と目を合わせないように、颯太は後ろを振り向くことなく再びエントランスへ向かって足早に急いだ。

◆2011年1月12日更新分へ続く


にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



リーマン物
トラックバック(-)  コメント(-)